何度も見聞きしているはずなのになじめないのが「円安」「円高」という言葉。「円安」は外国の通貨に対して円の価値が安くなることで、例えば1ドルが100円から150円になることを指します。反対に「円高」は、円の価値が高くなることです。 2007年末の為替レート(米ドル)はおよそ113円でしたが、たった3カ月足らずの間に一時95円台まで円高が進みました。この急な動きの背景にあるのは、サブプライムローン問題によるアメリカ景気の悪化。対策として2007年夏以降7度におよぶ利下げが行われ、その結果、金利の低くなったドルの魅力が低下したことが円高ドル安を招いた主な原因と考えられます。
決して広いとはいえない国土にこれといった資源も持たない日本にとって、他国との取引は大切な命綱。その取引になくてはならない為替レートはいったいどんな歴史を持っているのか、振り返ってみましょう。 その昔、国同士の取引は、どのように代金の決済をすればよいのかが悩みの種でした。というのも、それぞれに異なるお金を持っているのですから代金として外国のお金をもらっても使い道がないからです。そこで、共通の通貨として「金」が利用されるようになりました。 日本でこの「金」を中心とした制度「金本位制」が正式に採用されたのは、1871年(明治4年)のこと。同時にお金の呼び方も江戸時代の「両(りょう)」から「円」に改められ、全国的に統一されることになりました。制度の導入にあたって大きく貢献したのが外国通の伊藤博文です。世界的に金本位制が進む中、日本が流れに取り残されてしまわないよう、出張先のアメリカから建議 (※1)を送ったといわれます。この当時の為替レートは「1$=1円」。1円は金1.5gでできていましたから、現在の金の価値にあてはめてみると4000円以上ということになります。 その後、2度の世界大戦を経験してお金も姿を変えていきます。第二次世界大戦も終わりに近づいた1944年、アメリカのブレトン・ウッズで世界経済の回復を目的とした会議が開かれ、ドルを中心とした「固定相場制」がスタート。このとき決められたドルと円の為替レートは「1$=360円」でした。 「固定相場制」に対して為替レートを自由に変動させる制度は「変動相場制」と呼ばれます。日本が目覚ましい成長を続ける中で、徐々に1$=360円では実情にそぐわないという海外からの声が高まり、1973年にドルと円の関係は変動相場制へと移ります。 変動相場制に移ってからも、現在に至るまでさまざまな出来事がありました。中でも大きな転換点となったのが1985年にニューヨークのプラザホテルで行われた、いわゆるプラザ合意です。プラザ合意とは、当時のドル高を是正するために主要国が協力することを決めたもの。これをきっかけに、円高ドル安が加速し、1995年には「1$=79円」を記録します。 こうして振り返ってみると、日本が大きく成長していく中で円の力が強くなっていく様子が見て取れます。本来為替レートはその国の力を反映して動くものですから、こうした流れはごく自然なものといえるのかもしれません。 ところが、最近の為替レートの動きに目を向けると別の事情もみえてきます。1999年にはヨーロッパにユーロが誕生し、原油高を追い風に中東の国々も力を備えてきました。さらにBRICsと呼ばれる新興国が台頭し、ドルはかつてのような存在感を失いつつあります。こういった背景から、円の価値が上がったのではなくドルの価値が下がったための円高だという指摘も多く、ドル以外の通貨と円との関係に重点を置いて、現状は円高というよりむしろ円安だというむきもあるほどです。さらにドルの力が弱まる可能性に備える意味では今後はさまざまな通貨の動きにも目を配ることが必要になりそうです。
参考資料
「貨幣の日本史」 朝日新聞社 東野治之 「日本史小百科 貨幣」 瀧澤武雄・西脇康 編
|
|
|
【リスクについて】 エフエックス・オンライン・ジャパン株式会社
|
| Copyright © 1997-2008 Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved. |
| 免責事項 - ヘルプ - エキサイトをスタ-トペ-ジに | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム |