Vol.159

「負けてられねぇ」

クロスオーバーするクリエイション

オートクチュールとマスプロダクト、究極の対比


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© MASAYA YOSHIMURA / COPIST


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© MASAYA YOSHIMURA / COPIST
帽子デザイナー、平田暁夫氏の作品を集めた国内初の大規模な展覧会「ヒラタ ノ ボウシ 平田暁夫帽子展 〜伝統のフォルム・未来へのエスプリ〜」が、2011年6月、東京・表参道のスパイラルガーデンにて開催された。当初は12日間という期間を予定していたが、一週間延長するほどの盛況ぶり。まずは会場写真を織りまぜながら、展覧会の様子を振り返っていきたい。

スパイラル1階にある開放的なギャラリー、スパイラルガーデン。2011年6月15日、そこには真っ白な帽子が無数に浮かぶ、未だかつて見たことのないような風景が忽然と現れた。まるで雲のように浮かぶ白い帽子の中に、点在するさまざまな色と形の帽子たち。ひとつとして似たものはなく、それぞれがイキイキとした存在感を放っている。フランスでル・メートル(巨匠)と称される帽子デザイナー、平田暁夫氏の作品の数々だ。


会場構成を手がけたのは、デザインオフィス nendo(代表:佐藤オオキ)。平田氏の一点一点、魂のこもったカラフルな帽子作品と対照的になるように、大量生産で生み出されたような、画一的な白い帽子を無数に浮かべて対比の効果をねらったという。平田氏は帽子の素材も厳選することで知られるが、この白い帽子は加熱プレス成型加工ができる高機能不織布 “スマッシュ”(旭化成)を使ってつくられた。いわば“オートクチュールとマスプロダクト”と言うべき究極の対比は、思いがけぬ効果を会場全体に生み出していた。



1925年生まれの平田暁夫氏は、現在86歳。14歳で銀座シャロット帽子店に弟子入りし、以降、帽子づくり一筋でやってきた職人気質のデザイナーである。


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1955年に「アトリエ ヒラタ」を設立し、1961年にはファッション・エディターズ・クラブ(FEC)賞を受賞するなど30代半ばにして早くも日本ファッション界で不動の地位を築いた平田氏は、それに飽きたらず、1962年、渡仏を果たす。渡仏の目的は、グレース・ケリーやソフィア・ローレンなどのセレブリティに多くの顧客を持つパリの売れっ子帽子デザイナー、ジャン・バルテのもとで、高級帽子“オートモード”の技法を学ぶためだった。

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洋服で言えば“オートクチュール”に匹敵する、“オートモード”の技術。平田氏はその技術を日本に持ち帰り、「オートモードヒラタ」を設立、さらに後進のデザイナーを育てる帽子教室も開いて、多くの弟子を育ててきた。



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© MASAYA YOSHIMURA / COPIST
半世紀近くにわたってイッセイミヤケやコムデギャルソン、ヨウジヤマモトなど日本を代表する世界的ブランドのコレクションに使われる帽子を手がけてきた平田暁夫氏。その一方で、日本の皇室を始めとする各国の王室からもフォーマルな装いに欠かせない帽子を求められ、愛用されてきた。アバンギャルドなモードからフォーマルまで、その帽子は顧客やニーズによってさまざまな表情を魅せてくれる。


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展覧会の一角では、“オートモード”の技法についての解説コーナー(右写真)も設けられていた。“オートモード”の基本は「スパットリー」という素材でつくられる型づくりから。

「スパットリー」とは、木材(イモギの幹)をかんなで薄く削りさらに細く切ったものを機織り機で織った素材。湿り気を与えると自在に丸みなどを出すことができるため、“オートモード”には欠かせない素材だという。型づくりの過程が順を追って丁寧に紹介されており、確かな技術への自信をのぞかせる。


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真っ白な雲の中を自由に練り歩きながら帽子を一つひとつ発見していくような、楽しい体験型展示。2階へと上がる弧を描いたスロープでは、雲を見下ろすように帽子のてっぺんを一望できる幻想的な風景が広がった。“帽子の展覧会”というありがちな先入観をさらりとかわすような斬新な会場構成に、多くの人が夢中になっていた。構成を手がけたnendoは、ミラノサローネなど海外での個展や活動が比較的多く、国内でそのインスタレーションを見る機会は意外と少ない。そういった意味でも、注目すべき展覧会となったのではないか。


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アジアの水田で見かけるような、大きなストローハット。まるで頭上で花が咲いたような帽子。シフォンをあしらったフェミニンな帽子。……そのどれもがエレガントでモード、なおかつどこかユニークな部分を持ち合わせる。86歳の今でも現役の帽子デザイナーとして、毎日アトリエで制作に打ち込む平田暁夫氏。その自由なスピリットと確かな技術に支えられたクリエイションは、閉塞感のある時代に沈みがちな私たちを、確実に高揚させてくれた。



「ヒラタノボウシ 平田暁夫帽子展 〜伝統のフォルム・未来へのエスプリ〜
  • スパイラルガーデン(スパイラル1F)
  • 東京都港区南青山5-6-23
  • 2011年6月15日(水)〜7月3日(日)に開催

平田暁夫(ひらた・あきお)
1925年、長野県生まれ。14歳で銀座シャロット帽子店に弟子入り。1955年に「アトリエ ヒラタ」を設立。1961年にファッション・エディターズ・クラブ(FEC)賞受賞を機に、1962年に渡仏。オートモードのトップデザイナー、ジャン・バルテに師事し、日本人で初めて伝統的な帽子制作の技法「オートモード」を修得。1965年、帰国。西麻布に「オートモードヒラタ」を設立。1971年、西麻布に「ブティックサロン ココ」を開店。同年、平田暁夫帽子教室もスタート。以後、教室で後進の指導にあたりながら、美智子皇后や雅子さまをはじめとする皇室関係の帽子も手掛けている。日本の皇室を始めとする各国の王室関係の帽子から、イッセイミヤケやコムデギャルソン、ヨウジヤマモトなど日本を代表する世界的ブランドのコレクションに使われる帽子まで、常に第一線で活躍を続けている。
佐藤オオキ(さとう・おおき)
1977年、カナダ生まれ。2000年、早稲田大学理工学部建築学科首席卒業。2002年、同大学院修士課程修了、同年デザインオフィスnendoを設立。2005年、nendoミラノオフィス設立。2006年、ニューズウィーク誌 「世界が尊敬する日本人100人」に選出される。東京とミラノを拠点に、建築、インテリア、プロダクト、グラフィックと幅広い分野にわたってデザインを手がける。日本のデザイン界を牽引する若手デザイナーとして各界から熱い注目を集めている。