Vol.158

3.11とクリエイティブ

東北の底力、心と光。 「衣」、三宅一生。 21_21 DESIGN SIGHT

力強く前向きな東北の心、不屈の精神を見よ


2011年3月11日、14時46分。東北地方を中心とした東日本大震災を機に、私たちはいろいろなことを見直さざるをえない状況となった。さまざまな情報が氾濫し、いまだ「震災後」といった混沌とした状況が続く中、一筋の光を提示してくれるような企画がはじまる。その名は『東北の底力、心と光。「衣」、三宅一生。』。東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで7月26日(火)から6日間だけ開催される、入場無料の特別企画だ。



pic
デザイン:浅葉克己
これは東日本大震災をきっかけに企画されたもの。経緯について、21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクターの川上典李子氏は次のように語った。

「震災の深刻な状況の中、21_21 DESIGN SIGHTのディレクターのみなさん(三宅一生、佐藤卓、深澤直人)とともに、現状に冷静に目を向けながら、まず最初に『21_21 DESIGN SIGHTでは何ができるのか』ということを考えました。その際に出てきたのは“豊かな東北の文化がここで途切れてしまうようなことは避けたい”ということです。その際、三宅さんは『東北との出会いがあったからこそ可能になった衣服』について語ってくれました」

私たちの生活の基盤となる「衣食住」の「衣」に焦点をあて、三宅一生氏が、東北の長い歴史の中で育まれてきた日用品の数々をその成り立ちとともに紹介する、今回の企画。三宅氏と東北地方の結びつきは、東京を拠点にデザイン活動をはじめた1970年代にさかのぼる。

コレクションづくりは、布地探しから始まる。世界をリードする化合繊素材メーカーと組んで新素材の開発にかかわる一方、ISSEY MIYAKEチームは布地をリサーチするために日本各地を歩いてきた。そこで、各地の風土が育て上げた数々の優れた手仕事と出会うことになる。それらの知恵と工夫に富み、丈夫でしかも美しい生活着を、三宅氏は量産可能な手法で自身のデザインに取り入れて表現していくことになる。中でも東北地方で育まれてきた数々の伝統の技法は、ISSEY MIYAKEチームを魅了した。


青森県・津軽に古くから伝わる「刺し子」の技法のひとつ「こぎん刺し」。もともと津軽地方では綿の栽培ができない気候であった上に、江戸時代、農民たちは「農家倹約分限令」によって、木綿の衣類を着ることが禁止されていたという。代わりに農民たちは麻でできた衣類を身にまとっていたのだが、厳しい北国では保温性に欠けていたため、麻の布目に細かく刺し子を施して、布の強度と暖かさをはかった。


pic
フォックスと裂織をニットで表現したISSEY MIYAKEの「背負子」
(ISSEY MIYAKE 1974年作)Photo:Noriaki Yokosuka
pic
刺し子(こぎん刺し)を施している様子 (弘前こぎん研究所) 撮影/吉村昌也

pic
裂織(南部裂織保存会) 撮影/吉村昌也



また、古くなった綿などの布を細く裂いて、麻糸などとともに織り上げる「裂織(さきおり)」。これも厳しい冬を限られた資源の中で乗り切る庶民の知恵が活きた、着古した着物や布を再生する機織りの一技法だ。これらの伝統的な技法にインスピレーションを得て、ISSEY MIYAKEは数々の印象的な作品を発表してきた。以前より東北の文化に強い関心を持っていた三宅氏は、かの地のさまざまな技法に「用の美」を見出していたのではないか。


さらにもうひとつ、三宅氏と東北との重要な仕事がある。ISSEY MIYAKEを代表する独自の発想から生まれた“プリーツ”だ。1988年から多彩に表現されてきたプリーツの数々は、宮城県白石市にある「白石ポリテックス工業」の技術なしでは語れない。その開発はISSEY MIYAKE開発チームと白石ポリテックス工業の現場チームによる二人三脚で生み出されてきた。



pic
薄いシルクポリエステルを二重に使ったISSEY MIYAKEの「プリーツ」
(ISSEY MIYAKE 1995年作)Photo:Philippe Brazil
pic
白石ポリテックス工業でのプリーツ加工の様子 撮影/吉村昌也

pic
2011年5月に撮影された、白石ポリテックス工業の工場の様子。
今回の震災で被災をしたが、迅速に復旧を遂げた。



プリーツ加工は、プリーツ・マシーンによる熱加工でひだがたたまれていくが、機械一台ごとに担当者がひとりずつついて、注意深くマシーンにかけていく。製品プリーツは、すでに服のかたちに縫製されたものを機械に通していくので、そこには必ず人間の手が介在する。昨年秋に発表された「132 5. ISSEY MIYAKE」の折りの加工も、白石ポリテックス工業が担っている。


pic
白石和紙にウールを裏打ちしたコート
(ISSEY MIYAKE 1982年作)Photo:Eiichiro Sakata
同じく宮城県白石市には、古くから伝わる「白石和紙」という伝統的な手仕事がある。三宅氏は「白石和紙」を使った作品も1982年に発表している。

「白石和紙」の歴史は古い。平安時代より東北でつくられる和紙は「陸奥(みちのく)紙」として良質の紙として知られていたが、伊達政宗の産業奨励保護のもと、「白石和紙」は急速に一大物産として発展をとげる。その白石和紙を使って紙のまま衣類に仕立てるのが「紙衣(かみこ)」と呼ばれる。先に紹介したISSEY MIYAKEによる1982年発表の「紙衣」は、白石和紙の復興に尽力を注いだ、白石和紙工房の故・遠藤忠雄氏による「白石和紙」を使ってつくり上げられた。白石和紙工房は、現在、遠藤氏の奥様・遠藤まし子氏によって受け継がれている。

pic
白石和紙工房での紙干しの様子。白石和紙工房の手がける紙衣は、東大寺の仏教儀礼「お水取り」の紙衣として40年前より奉納されている。 撮影/吉村昌也



今回の企画では、さらに岩手県の毛織物「ホームスパン」、山形県の木や草の皮をはいでつくった糸を使った「原始布(げんしふ)」、山形のニット産業など、東北各地の衣類を中心としたものづくりを、実物はもちろん、製作工程の写真、映像を交えて紹介する予定だ。さらに、会期中、連日開催されるトークイベントでは、実際に現地でものづくりにたずさわる方々が登場する予定となっている。


pic
青森県・蔦温泉周辺。企画のために訪れた地で出会った東北の風景のひとつ。 撮影/吉村昌也
企画のために東北各地を訪れた川上典李子氏は、各地のものづくりの現場にふれ、改めて感じることが多くあったと次のように語る。

「東北地方は雪の季節が長く、厳しい自然環境のなかで、人々はさまざまな工夫を凝らしながら生活をしてきました。農閑期には身の回りのものをつくったり、補強を施したり… 改めて目にすると、私自身も驚かされるものばかりでした。その生命を、どう未来につないでいくか。たとえば民藝運動を起こした柳宗悦氏も、著書の中で以下のようなことを記しています。

『東北人の暮しには非常に富んだ一面のあることを見逃すことが出来ません。そこでは日本でのみ見られるものが豊(ゆたか)に残っているのであります。従ってそこを手仕事の国と呼んでもよいでありましょう。』
※柳宗悦『手仕事の日本』(岩波文庫)より、一部抜粋

21_21 DESIGN SIGHTは、創設以来、一貫して、人間の可能性、力、根源的な部分に目を向けながら、さまざまな企画を行っています。今回の大震災はとても悲惨なことではありましたが、一方で、被災地の方々が前向きに生きようとする美しい姿、手を取り合って復興にあたる協調する姿が世界に賞賛されました。私たちは力強く前向きな東北の方々の心、不屈の精神を、この企画を通して紹介したいとも思っています」

会期中はトークイベントのほか、特別プログラムとして音楽の演奏や詩の朗読が行われることになっている。震災に思いを馳せながら、東北の未来、そして日本の未来をみんなで一緒に考える、良い機会となるはずだ。





東北の底力、心と光。「衣」、三宅一生。
  • 21_21 DESIGN SIGHT 東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内
  • 7月26日(火)〜31日(日)会期中無休、入場無料
  • Open.11:00〜20:00(入場は19:30まで)
  • 各種プログラムなど、最新の情報は公式サイトまで。
http://www.2121designsight.jp/


取材/草野恵子