Monthly INTERVIEW トップランナーに迫る

ポール・スミス、アートと戯れる。

生粋の英国人ファッションデザイナー、ポール・スミス。彼は創造者であると同時に真面目な蒐集家である。コンテンポラリーアートのコレクターとしても知られている。創造力を生み出す刺激にもなってきた、デザイナーが愛するアートとはいったいどんな存在なのか?
東京、青山で開かれているポール・スミスのアートコレクション展で、アートを見つめる瞳の奥にある、大いなる冒険心を探ってみた。
Profile

ファッションデザイナー。1970年ノッティンガムの小さな店からスタート。24歳でポール・スミス リミテッドを設立。その後「ブラウンズ社」の専任コーディネーター兼デザイナーを経て、1979年にロンドン市内にショップオープン。次第に評判は世界へと広がり、グローバルなショップ展開を行う。"The job changes you, you don't change the job." − 『仕事によってあなたは変わる事もあるが、あなたが仕事を変えることはできない』ということを信条に、独自の世界観を拡げてきた。2000年にはデザインへの勲功によりエリザベス女王よりナイト爵位(Sir)を授与された。デザインの仕事以外に、最近は自社ブランドのイメージ広告撮影など、フォトグラファーとしても活躍している。



‘70年代、ロック&アートとの出会い

−今回の『ポールズ・アート・コレクション展』は、世界で初めての試みとなるそうですが、実際にこのアート空間を訪れて、どのように感じられましたか?

ポール・スミス

こうやって私の集めたアートを、ギャラリーで見ることができるというのは、いつもと違う感覚で面白いですね。実はロンドンのオフィスの地下にはアートコレクションの部屋があるんですが、そこに収納されているだけでちゃんと飾っていない作品がほとんど。私は青山のこの空間がとても気に入っているので、こうやってさまざまな絵画を見ることができてうれしい。趣向も、世代も違う作家の作品が、一緒に並ぶなんて面白い試みだと思いませんか。

−ロンドンのオフィスには、他にもいろいろお宝が眠っていそうですね?

ポール・スミス

ロンドンにはもっとたくさんのアートがあります。デビッド・ホックニーが、えーと、1、2、3、4枚。ジャコメッティ、ピカソ、ドガ、ヘンリー・ムーア。ウォーホルは… そうだね、たくさん。あとはいろいろあるけれど、ふふっ・・シークレット。

−アートコレクションを始めたのは、どんなきっかけから?

ポール・スミス

最初はアートではなく、ポスター集めから始めたんです。18、19歳くらいの頃からロックコンサートに行っては、ポスターを無断ではがしてきたりして… 当時はローリングストーンズ、ピンク・フロイド、ザ・フー、ドアーズ、ジャニス・ジョップリンなどなど、いろんなコンサートに出かけていました。ロックが好きだったんです。

Gio Ponti 『TWO FACES ON BLUE BACKGROUND』1970年の作品。

−最初に手に入れた絵画のことを覚えていますか?

ポール・スミス

デビッド・ホックニーの『Pretty Tulips』という作品ですね。1972年、ロンドンにあるホワイトチャペルギャラリーでホックニーの展覧会を見に行きました。そこでこの作品に出会ったんです。花が描かれた彼の作品。230枚のリミテッドエディションのうちの一枚でした。そのときに初めて「この絵が欲しい!」と思ったんです。でも自分はまだ貧しかったので、ガス代を払うべきか絵を買うべきか、悩ましい選択をして、結局ホックニーを買うことにしたんです。その1週間後に、ガス屋が栓を止めに来たんですけれど、何とかお願いして1週間くらい伸ばしてもらった記憶があります。ハハハ。

−‘70年代はさまざまなアートが盛んになった時代ですね?

ポール・スミス

1970年、出身地であるノッティンガムに最初のポール・スミスのショップをオープンしたんですけれど、その地下スペースをちょうどギャラリーにして展覧会をやっていました。3平方メートルくらいの小さなギャラリーです。デビッド・ホックニー、デビッド・ベイリー、アンディ・ウォーホル、ピーター・ブレイクなど、今考えれば錚々たるアーティストの展覧会ですよね。もちろん私は作品を購入はできなかったけれど、作品はギャラリーから借りて行っていました。妻が当時、英国のロイヤルカレッジオブアートの生徒だったので、同じ学校の生徒や、アートディーラーとも親しくしていたんです。ウォーホルの有名なキャンベルスープ缶の作品は600ポンドだったかな。でも今はもうとんでもない値段になっていますね、残念なことに。