鉄細工職人からのスタート。アールヌーボーの芸術家たちに育てられた

 プルーヴェのものづくりは、17歳のとき、鉄細工師のもとに弟子入りしたことから始まる。そもそも父のヴィクトル・プルーヴェは名高い工芸家で、アールヌーボーの先駆けとなったナンシー派のひとり。エミール・ガレをはじめ、幾人もの芸術家たちに囲まれて育ったプルーヴェは、彼らから「新しいものを創造することへの挑戦」を教わった。「常にものづくりの現場に身を置いて活動していたプルーヴェは、ひとつひとつの作品に手の痕跡を残すことにこだわり続けました。それは結局、アートの手法からきているのだと思います」と飯田氏は分析する。
美しい細工が施された階段の手すりや鉄柵門。まだ鉄細工職人だった頃の作品には、アールヌーボーの影響が垣間見られ、非常に興味深い。


「JEAN PROUVE EN LORRAINE SEUVERS」(PRESS UNIVERSITAIRES DE NANCY) 記念すべきプルーヴェのデビュー作(つぼの台座部分)アールヌーボーの影響が見られる、植物モチーフの手すり

家具も建築も“しくみ”から形が生まれる

 鉄細工から始まり、家具、建築へと発展させていったプルーヴェのものづくり。「プルーヴェにとって家具も建築も、その考え方はまったく同じだった。言い換えれば、家具に対する考え方を建築に対する考え方に応用させた、新しい志向の建築家だったわけです」。プルーヴェの作品を見てみると、家具から建築まで、そこに一貫した独自の構造システムがあることに気づく。「プルーヴェはスケッチをものすごく早く正確に描くのですが、全体像からではなく、柱や梁などから描いていくのですよ。形よりも先に仕組みを考える建築家だったことがよく分かります」。独特のプロポーションをした家具も、つまりは仕組みがそのまま形として現れた結果。少し無骨な形さえもチャーミングに見えてしまうのは、プルーヴェならではだろう。


独自に考案した構造システムを、黒板にスラスラと描いていくプルーヴェ

建築家ではない“コンストリュクトゥール”だ

 プルーヴェは自らを「コンストリュクトゥール(=施工者、建設者などの意)」と呼んだ。それは建築家とかデザイナーといった肩書きに縛られず、自分でデザインし、設計し、施工するというスタンスの現れでもある。
 工作機械にいち早く目を付けたプルーヴェは、「アトリエ・ジャン・プルーヴェ」と名付けた工場を持ち、最盛期には約250人ものスタッフを抱えていた。そう、プルーヴェは工場長でもあったわけだ。「プルーヴェのものづくりの姿勢は本当にシンプル。1枚の金属を曲げてみて、どのような形が可能なのか、常に試行錯誤しながらつくる。だから通常の建築からは出てこないような、斬新なアイデアも生まれるわけです」。こうした独自のスタイルで、プルーヴェは生涯のうちに約2,000点もの作品を残した。


(c)Archaives Famille Prouve/ADAGP,Paris ナンシー郊外に構えた工場にて。プルーヴェはスタッフをコンパニオン(仲間)と呼んだ

モダニストが夢見た未来の移動式ハウス

 フランスにおいて、プルーヴェと同時代を生きた近代建築の巨匠がもうひとりいる。ル・コルビュジエだ。プルーヴェはコルビュジエの良き友人であり、創作仲間だった。コルビュジエを筆頭として、当時流行したのが“モダニズム”の思想だ。
「たとえば椅子に折り畳む、組み立てるという機能を持たせたりしたところが、プルーヴェの考えたモダニズム。その発展形が「プレハブ住宅」です。車や飛行機と同じように、家も移動できるようにしようと考えた。実際にプルーヴェはプレハブ住宅を持ち運んで、湖の側に建てて、家族とともにバカンスを楽しんだそうです」。
 プレハブというと今はただ安物のイメージでしかないが、飯田さん曰く、「プレ・ファブリケーションとは、つくる前に完成されていて、つくった後もいろいろな変化を加えることができる、完成と未完成の間のこと」。プルーヴェが夢見た“未来の家”が、時代とともに誤読されてしまったのは残念なことだ。

(c)Archaives Famille Prouve/ADAGP,Paris プルーヴェの分解・移動できる家。プレハブ住宅の誕生だ

日本との意外な親和性

 プルーヴェが考案したプレハブ住宅は、実際にフランスの“ムドンの村”という低層住宅地に50軒ほど建てられている。そしてその図面は、シャルロット・ペリアンを通じて日本にも渡り「戦争住宅」として適用され、建築家・坂倉準三がプロトタイプの設計に携わった。こうした背景ではあるが、プルーヴェは少なからず日本の近代建築に影響を与えた。スタンダード・チェアに発想を得て、長大作がリデザインした椅子もあるくらいだ。
「そもそも昔の日本建築は組み立て可能なつくり。その点で、プルーヴェのプレハブ住宅とよく似ています。また八の字の脚や、大黒柱のようなもので全体を支える構造など、プルーヴェの家具や建築はどこか日本的な感じを受けます。プルーヴェが日本に影響を受けたという事実は、特に記されていないんですけどね」。私たち日本人がプルーヴェの作品に愛着を感じるのは、もしかしてこんな理由もあるのかもしれない。


(c)Archaives Famille Prouve/ADAGP,Paris

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