一食必殺のストマック破壊アーマゲドン料理『極辛カレー』が泣く子も気絶させると評判なのが、東京は巣鴨にある大沢食堂。「世界一辛いカレーを食わせる」という噂が全国の激辛マニアたちの辛味欲をかき立て、寝しなに唐辛子を丸かじりするような猛者達が毎日ひっきりなしに現れては禁断の味覚兵器・極辛カレーに挑むが、その想像を超えた未知の辛さの前に次々と壮絶KOされ、滅多なことでは完食を許さないというのだから恐るべし!!

 人間という生き物は、未知なる危険があると聞けばそれを回避したいと思う心よりも「あぶねぇあぶねぇっつったって、やってみなきゃあナンボあぶねぇかもわかんねぇべ?」という悪戯な興味が勝ち、本能として体験を強いるもんである。死なない程度で済むんだったら、クフ王の墓の上にカセットコンロ置いてお好み焼きさえ作りかねない無茶な生き物……それが男というもの! 「どうせ死ぬならカレーで死にたい!」というエンセン井上のTシャツの文句みたいなムリヤリな欲求が首をもたげてしまった以上、俺も男だ! これはもう、大沢食堂に行って極辛カレーを実食するっきゃない! 気がつけばいつの間にか国道17号線をキックボードぶっとばして北上し、激辛大魔境総本山・大沢食堂のド真ん前に辿り着いたのだった。

 男の勝負はファーストコンタクトが肝心。「一度ナメられたら男って奴はそれで終いなんだよ」という若き日の梶原一騎先生が言った言葉を噛みしめるように、入店早々こいつはタダ者ではないなというオーラを全身からバリバリに漂わせることに努める。事前に野良イヌをいじくり回した手で目をゴシゴシ擦って眼球を存分に充血させておき、口の端からヨダレをダラダラ垂らしながら思いつく限りの適当なリリックでジュディ・オングの『魅せられて』を熱唱。文金高島田+ネグリジェ+出刃包丁という小粋なファッションに身を包み威圧感たっぷりに暖簾をくぐった。

 しかして慢心する俺の目に飛び込んできたのは、「大沢」と気合いの入った字で書き殴られたトランクスをはきガッツポーズをとる筋骨隆々とした男の、たたみ2畳分は優にあろうかという特大ポートレイトであった。その写真に写った男こそ誰であろう、大沢食堂店主・大沢昇氏の若き日の姿である!

 大沢昇……本名・藤平昭雄。極真空手史上に名を残す伝説の空手家である。大山倍達総裁をして「僕が知っている限りで一番稽古をしたのは藤平だよ!」と言わしめた極真随一の稽古狂いはゲロを吐くほど過酷な稽古を毎日続け、稽古のしすぎで失神してもなお起きあがっては稽古を続けたと言われ、『稽古の虫』の異名を取った。小兵ながらその豊富な練習量と根性に裏付けされた卓越した格闘センスは極真史上最強だとして名前があがることも少なくない。1964年、タイでの極真VSムエタイの歴史的一戦での勝利を境にして、同年末にはプロボクサーとしてデビュー。1968年にはキックボクサーに転向し、通算成績は56勝8敗3引き分け(なんと50KO!)。そのガッツ溢れるファイトは本場タイでも『ビッグ・ハート』と讃えられた。

 そう! 極真空手で培った己の打撃でムエタイ越えに挑んだのと同様に、大沢昇は己の作る極辛カレーでも激辛の本場・タイを凌駕しようというのである! 事実タイ人でも大沢の極辛を完食出来る者は稀であり、「タイでもこんな辛いカレーねぇよ!」と捨て台詞を残して帰っていくらしい。まさに地上最強のカレー!! ネグリジェ姿で食いきれるほど甘っちょろいものではないと判断した俺は、オフィシャルスタイルの白ラン姿に着替えて席に着き、並辛、中辛、極辛とあるカレーメニューの中から迷わず一番キッツイ奴を注文。押忍! 極辛一丁、頼んまーす!

 「ヤメといた方がいいよ〜」……アレレレ? 不敵なニヤニヤ笑いを浮かべた大沢さんにあっさり制止されてしまった。極辛が殺人的に辛いため、一見の客はまず中辛カレーから食すことを勧められるのだ。中辛とはいってもあくまで大沢食堂独自の基準値に則った辛さの値なので、何が中なのかさっぱりわからないほどこちらも殺傷能力アリアリらしい。だがここで引き下がっては男がすたる。「オラ、ここの極辛カレーさ食いたかったなスけ、八戸から夜行ン乗ってはるばる来たなッス!」とかなんとか適当なウソ訛りを交えて懇願すると、大沢さんは嬉しそうに頷いて「遠いところからわざわざ食べに来てくれたんならしょうがないねぇ〜。ホントに辛いけど、いい?」と、極辛カレーを出してくれた! 汚い手段でありつけることになったが取りあえずヒャッホー! 

 ……そうして出てきたカレーを見た途端、言葉を失った。パッと見は何の変哲もない町の食堂カレーの素朴な外見。だが、その色彩たるや地獄の血の池のような濃紅色をしており、更には煮詰められた過剰な唐辛子フレグランスが鼻腔にザクザク突き刺さる。鬼気迫る極辛カレーの佇まいに飲まれそうになるも、(味わう前から負けることを考えるバカがいるかよ!)と、己の中の小さなアントニオ猪木が俺の心にビンタを張り、気合いを入れ直して遂に一口目をパクリ! ……アレ? 辛いというより旨いよ、これ! 気絶するほど辛いとか、辛さに関する情報ばかりに踊らされ肝心の味を云々するのを忘れていたが、カレーとして純粋に味が良く、ただの虚仮威しのビックリ料理ではないことを知る。うまい、うますぎる! と十万石饅頭でも食すように調子に乗ってガツ食いしたのだが、それも3分の1を食いきるところまでだった……。頭上を通り過ぎた超音速旅客機の轟音が数秒遅れて届くように、突如として舌にラウドな激痛が走る! あまりに辛すぎて味蕾が瞬時に反応できない味のソニック・ブーム現象が起きていたのだ! イダダダダダ舌が痛い痛いイタイんでーす! 間違って塩酸飲んでもこれほどまでには口の中痛くねえよ、絶対! 続いて涙鼻水リンパ液他、体中のありとあらゆる体液が沈没前の客船から逃げだすネズミのように我先にと一斉にぶわーっと飛び出してくる! あまりの辛さになんか耳も聞こえなくなり、ジージージージー頭の中で巨大なアブラゼミが鳴きだす始末。辛いという感覚が限界点を超えた時、胃腸が蠕動運動を停止するぐらいまでは想像できたが、三半規管が狂い出すとは思いも寄らなかった。うっかりするとカレーが辛くて幽体離脱までしかねない……。

 喝だ! 己に喝を入れ直さなくては! ひとりブッチャーVSテリー・ファンク方式で咄嗟に自分の二の腕をフォークで突き刺し流血し、3次元空間に己の意識を戻すことに成功。そして怒濤のカレーかっ込みラストスパート! 口と胃袋の中が火炎ビンを丸飲みしたようにヒートし、このまま食い続けるとファンタスティック4のヒューマン・トーチに変身してしまうのではないかという不安な気持ちを押し殺しながらも、死にものぐるいでなんとか完食達成! だが最後の一口を飲み込んだところで俺は意識を失い、極辛カレーと俺の壮絶な死闘は、ダブルKO劇で幕を閉じたのだった……。

 大沢食堂の極辛カレー、それはただの激辛いカレーではない。「極辛」とかいて「ゴクカラ」ではなく「キョクシン」と読むに相応しい、カレーの形をした男の根性試しなのである。この極辛を日に2度食べる猛者も実際いるそうなので(!)、是非貴兄もこの「味の百人組手」に挑み、見事完食して男を上げて欲しい。押忍!!