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非モテの文化誌
words by demi/illustration by ささこ バックナンバー
非モテ人間は現代の被差別階級なのか? 異性を発情させるのがそんなに偉いのか? 文学を手がかりに、いっそ、非モテライフをエンジョイする方法を探っていこう! 最終回は、コンピューターオタクたちが恋と友情を育む青春物語です。

最終回 オタクが恋をしたら――ダグラス・クープランド『マイクロサーフス』の巻

『マイクロサーフス』(ダグラス・クープランド/角川書店)
「非モテライフをエンジョイする方法を探っていこう!」と謳いながら、さっぱりエンジョイしない話が続いてしまった本連載も今回で最終回。最後くらいは非モテ男女がみなラブラブで幸せになれる話がいいわ、という気持ちで選んだのが『マイクロサーフス』。“PC世代のサリンジャー”という帯の言葉にたがわないギーク(コンピューターオタク)たちの胸キュン青春ストーリーです。

主人公のダニエルは、職場であるマイクロソフトとディスカウントショップが世界の全てという26歳のバグチェッカー。彼の同僚はといえば、筋トレオタクのトッドに、気難しくてキモヲタ扱いされているバグ、鉄道オタクで身なりにかまわない天才プログラマーのマイケル、お金持ちなのに日用品のバルク買いだけが楽しみというエイブ、男に飢えているラジカルフェミニストのスーザンと、変わり者ばかり。服はGAP、夕飯はドミノ・ピザにダイエットコーク、起きている時間のほとんどをコンピュータの前で費やすギークたちの生活に恋愛の二文字はありません。そんな彼らが独立してシリコンヴァレーに移り住み、バーチャルレゴソフト「Oops」を開発するベンチャーを立ち上げるところから、人生は大きく変わっていきます。

まずダニエルに恋のきざしがおとずれました。お相手はマイクロソフトの中庭で出逢ったショートカットでやせっぽっちのカーラ。彼女は10室はなれた部屋で働く同僚でした。あらゆることをコンピュータに喩える生粋の技術ヲタで、形而上学的な会話に長けたカーラにダニエルはときめきがとまりません。あくる日も『日清ヤキソバUFO』で昼食をともにした二人は、どちらからともなく自然につきあい始めます。

ボクにとって,カーラは友だちのようなものだ.共通の趣味だって結構ある.“意識の同化”と言われてもしょうがない.コンピューターやマイクロソフトなど生活の一部と化しているような話もできれば,テック・ライフとは関係のない精神世界の話だってできてしまう.ボクにはここまで親しい友人なんてできたことがなかった.
  それから,リニアじゃないところだってある.カーラは直感的だが,ボクは違う.それでもボクとカーラは,同じ周波数にいる.カーラは,ニホンのUFO型のプラスチック容器に入っているヤキソバ・ヌードルが,なぜ本質的に素晴らしいのか理解している.(中略)自分に愛が訪れるなんて,思いもしなかった.ボクはそれなら,いままで人生に何を期待してたんだろう?

「人間がメモリーを貯蔵するのは,脳だけじゃないと思うの.(中略)それでワタシが出した結論はね,実は我々の肉体こそ,メモリーを貯めておく周辺装置なんじゃないかって考え方なの」というカーラはマッサージの達人。二人は形而上学的な会話とマッサージで愛を育んでいきます。

魅力的なカーラが恋愛経験ゼロなのにはワケがありました。田舎の保守的な家庭に生まれた彼女は兄を凌いでしまったために、両親に嫌われてしまったのでした。メカ好きであることや勉強ができることから女の子らしくないと存在を全否定され、拒食症になった彼女は仕事で救われたことにより、仕事が生活の全てになってしまったといいます。

「ダン,忘れたいことが,ホントにたくさんあるの.ワタシはただの<読み取り専用(リードオンリー)のファイル>になってしまうのかと思ってた.自分がまさか,インタラクティブになるなんて……」
  ボクは言った.「心配ないよ,カーラ.最終的には,全て忘れられるもんだから.ボクらは所詮人間なんだよ.要するに,物忘れマシーンってことさ」

ダニエルもまた幼い頃に弟を失い、そのことが家族中の心の傷になっていることを打ち明けました。互いを勇気づけ、傷を共有した二人は家族以上にかけがえの無い存在に。髪を伸ばし、カワイイ服も買うようになったカーラはシリコンヴァレーの男たちから狙われるようになりますが、ベンチャーノリのチャラい男が苦手な彼女はダニエルのことしか目に入りません。

マイクロソフトからシリコンヴァレーに移ってきた他のメンバーも、次々に恋愛に目覚めていきます。ベンチャー企業の若者たちがひしめくシリコンヴァレーでは、仕事ができるだけでは評価されないようなのです。クールな車にセンスのいい服、自分と同じくらい野心的で賢くてオシャレなパートナーと完璧な恋愛をしなければ……。

  ほとんどのギークは,ちゃんとしたセクシャリティを持っていない.仕事だけだ.ボクのシナリオによると,カレらは学校を出て,すぐにマイクロソフトとかで働き始め,マトモな仕事とやっとカネを手に入れたことが嬉しくて,恋愛なんてのも自然にやってくるもんだと思ってると,ある日突然,目覚めてみると,30歳になっていて,すっかり8年もセックスしてないことに気づいたりする.

トッドはダスティという同業の女性ボディビルダーと付き合いはじめました。「ボクはいつだって,刈り取られるだけの魂か,人間というひとつの単位でしかなかったんだ.でもダスティと一緒だと,ボクはボクになれるんだ.それに,フツウっぽく振る舞わなくてもいいんだ」「カノジョはボクの筋力をアップしてくれるんだ.愛は,とてつもなく大きな筋力アップさ」。宗教一家に生まれたトッドとヒッピーコミューンで育ったダスティもまた似た者同士。極端な思想共同体の中で幼少期を過ごした彼らは、反動で自分の体のみを信じるようになり、身体改造に血道をあげるようになったのでした。

一方、これまでにない恋愛プレッシャーのもと、セクシュアリティについて思いをめぐらせたバグはついに自分がゲイであることを自覚しました。ナイトクラブで出会ったジェレミ―という自分と瓜二つの男性と恋におちてしまったのです。アイダホの田舎町で育ったバグは、「人と違う」ということで悩まされてきたと語ります。「それは若い頃から始まってるんだ.生存していくために人と違わないようにすることが.他のみんなと同じようになろうとしてね.匿名性は条件反射になるんだ.そしてある朝目覚めてみると,他の人間になってしまってるのさ」。

「自分以外は全てフリークスだと思い込んでること」がモテない原因だとダスティから忠告されたスーザンは、外注イラストレーターのエメットに目をつけます。エメットは日本製アニメとセガとニンテンドーを愛し、家には4000冊の日本のマンガ(「みんなすごく暴力的で卑猥だ!」)を持つ生粋のオタク。ふだんからアニメキャラのようなセクシャルバイオレンスな服を着がちなスーザンとはお似合いのカップルです。しかし付き合って早々に彼らはオフィスで大喧嘩。「どうせスーザンは,ボクのカラダしか見てないんだろ? ボクは,そんなのイヤだな」「別にカラダがどうしたとかひとことも言ってないでしょ? アンタはね,アタシのファック・トーイなのよ」「メソメソするの止めなさいよ.最初からセックスだけって話じゃなかったの? もういらいらさせないでよ.もう仕事に戻らなきゃならないんだから」

人前で痴話ゲンカ、これは厄介なオタップルですね。しかしわざわざ仕事仲間の前でやらかすくらいだから、彼らはこの関係性をひそかに誇らしく思っていそうです。仕事仲間はひそひそとメッセンジャーで大討論した結果、以下の結論に。「スーザンはこの件で,男らしさの勲章を勝ち取った」「スーザンは虐めるのが好きだし,エメットは虐められるのが好きだ」。きっとエメットもセクシャルバイオレンスな美女(?)に振り回されている自分にドキドキなはずです。

一方、ジェレミーに自分色に染まることを強要されたバグはすぐに別れてしまいました。「自分がナードだってことはわかってるし,センスのいい服も着てなければ,たまに人にあたることもあるけど,それでも自分でありたいと思うんだ」。恋に目覚めた彼はひるむことなくパートナー探しに再チャレンジし、新しい恋人を見つけます。

「ああ,自分がギークだってことはわかってるよ.それに,そのおかげで内向的になってしまうこともね.そしてマイクロソフトはその内向性を育む土壌を与えてくれてもいたんだよね.でもキミたちも自分で気づき始めてるように,このヴァレーでは,そういうわけにいかないんだ.内にこもる言い訳なんてないんだ.ものすごく長い時間を,個人的な問題に直面しない理由として,テック・カルチャーを利用するわけにいかないんだ」

マイケルもまた、恋をしているようです。相手はネットで知り合った凄腕プログラマーの“バーコード”。「バーコードはこの世界でたった一人の同志なんだ」。問題は、1年以上メル友なのに年齢も顔も性別も知らないということ。太っていてビン底メガネで服装もダサダサのマイケルは、彼女(あるいは彼)に会いたくても、自分の姿をさらせないと悩んでいます。

「よくみてくれよ,ダニエル.ボクみたいなのを,ダレが好きになってくれるんだい?」
「なにバカなこと言ってんだよ,マイケル.愛は見かけじゃないんだ.2人の内面が混ざり合うってことなんだよ」
「外見じゃないって? そりゃ,キミたちが言うのは簡単だよね.アロン・スペリング映画のボディ・フリークス的な世界の中で毎日働かなくちゃなんないのはボクの方なんだ.ボクが気づいてないとでも思ったのかい?」
「それで何が言いたいんだ……? ボクの知ってる限りじゃ,一人の人間が何かを感じてたら,相手だって同じように感じてる可能性も十分あると思うんだ.だから外見なんて何ものにも値しないんだよ」
「でもみんなこのボクを,ボクのカラダをみて,そしたら全部終わってしまうんだ」

相手がオムツをした48歳の男でもかまわない、と言い張るマイケルはダニエルに、自分の代わりに“バーコード”と会ってくれと頼みました。しぶしぶ飛行機に乗って待ち合わせ場所の大学に向かったダニエルを手荒く出迎えた“バーコード”ことエイミーは、ガソリンスタンドの作業ブーツを履き、汚いダウン・ベストを羽織った小柄で筋肉質の女の子。ダニエルが代理で来たことを伝えると、エイミーは床にビンを叩きつけて激怒しました。「なによ! ワタシがそんな軟弱に思えたって言うの……? カレの格好を気にするような?」。空き缶を膝でぐしゃりとつぶした彼女はもじもじして付け加えました。「“クラフト”はその,えっと……,結婚とかしてないのか?」。なにそのダイナミックなツンデレ。ダニエルはマイケルの写真を見せます。

「これがカレなの? この……」
「うん」
「ダン,マヌケだって思うでしょうけど,ワタシは夢をみてたの.そしてカレがどんな感じかわかってたの.その啓示を待って,何週間も枕の下にディスケットを入れて,それがようやくきたの.それがこれなのね.この写真,もらっとくわよ」
「どうぞ,キミにあげるよ」
  カノジョはマイケルのイメージをみつめた.気まぐれでとても女の子っぽかった.「カレは何歳なの?」とカノジョの声は最後に上擦った.

「カレは,この地球上につなぎ止められている唯一の理由がキミだって言ってるよ」と聞いたエイミーは後ろにぶっ飛んで大感激。「もうホントに爆発しそうよ,ダン! 言っちゃうわね.ワタシも恋してるの.ワタシはこの産業都市オンタリオの上に炸裂する原子爆弾みたいに恋してるから,世界よ,気をつけなさい!」

彼らはこうして恋愛に目覚め、オタクジョークを交わしながら胸の内を打ち明けあうことで友情を育み、家族と対話し、人生に欠けていたピースを埋めていきます。面白いのがだいたい似た者同士で恋愛が成立していること。世間並みから外れすぎて健全な自己愛を持てないでいる彼らは、自分に似た誰かを愛するというプロセスを経て、ようやく自分を愛せるようになるのかもしれません。恋愛というより、同朋愛や家族愛に近いものがありそうです。ここから連想するのがオタクとモテ系キャリアの恋という触れ込みで出版された『59番目のプロポーズ』の59番とアルテイシア。本文を読むと、ともに不幸な家庭に育った彼らは互いに父親役、母親役をこなしたり、あるいは2人して昆虫トークやガンプラ作りに没頭することで、子供時代をやり直しているように見えます。あまり性的関係を持たないという彼・彼女の恋愛もたぶん、発情前提の世間並みな恋愛とは少し違った位相でなされているのでしょう。

そして似たもの同士が寄り添って生み出す恋愛物語は相手の取替えがきかないだけあって際限なくロマンティック。不特定多数を発情させるスキルに欠ける非モテの恋愛は、こういう形で結実するのかもなあと思うのでした。『耳をすませば』に出てくるようなさわやか中学生じゃなくったって、自分が主人公の物語はつむげるのだ、という希望を持ちつつ、この連載を終わりにしたいと思います。ご愛読ありがとうございました。

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(文・demi/Beltorchicca  絵・ささこ/おもパン

お知らせ
「日刊!ニュースな本棚」は、12月22日を持ちまして終了いたします。沢山のご声援ありがとうございました。今後は、1月は特別企画を随時掲載、そして2月1日より新たな連載企画をスタートいたします。様々な世界から彩のある執筆人を迎え、さらにお楽しみいただけるコンテンツになるよう準備しておりますので、お楽しみに! 今後ともエキサイトブックスを宜しくお願い致します。(エキサイトブックス編集部)

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