愛知万博特集
万博インタビュー

みうらじゅんインタビュー 
私にとって大阪万博は○○だった!
万博のなかの万博、キング・オブ・万博といえば「大阪万博」。誰もがその熱気に浮かれていた1970年当時、中学生だったみうらじゅんさんも、やはり会場に何度も足を運んでいたという。自らを『万博少年』と位置づけたみうらさんへの取材から、「万博とは何か?」を探ってみます!

みうらじゅん
<プロフィール>
みうらじゅん……1958年京都生まれ。武蔵野美術大学在学中に「ガロ」でデビュー。現在、漫画家、イラストレーター、エッセイスト、ミュージシャン、映画監督など幅広いジャンルで活躍している。「マイブーム」が1997年度日本流行語大賞を受賞。『とんまつりJAPAN』『万博少年の逆襲』など著書多数。

大阪万博とは「行列」だった!
みうらじゅん
とにかくもう、やたらと人がいた。あれ以来、オレはもう並ばなくなっちゃったんですよ。「行列ができるラーメン屋」とか、絶対並ばないもん(笑)。万博で行列をくらってるから、行列=万博みたいになっちゃって。なかには、地味〜なパビリオンがあって、オレはそんなとこばっか行ってたけど、やっぱりアメリカ館なんかは「月の石」がスゴイ人気だったから、最終的には仕方なく並んだんですよ。でも実際に見てみたら、石炭みたいでぜんぜんたいしたことないの。あんなの、ただの石じゃん。大阪万博ってさ、並ぶことのむなしさを教えてくれた気がするわ。

大阪万博とは「土着」だった!
思い出すのは、農協の団体。地方からいっぱい来て、みんなランチョンマットを道に敷いて、メシ食ってんだ。なぜかというと、万博のレストランはすげえ高かったんだよ。オレらもランチョンマットを持ってってやっぱり道で食べてたけど、遠足ノリで来てるからそこらへんがすごいゴミだらけ。当時の日本はまだ半分以上、土着だったからね。「人類の進歩と調和」をテーマにして、「世界の国からこんにちは」って言っても三波春夫、演歌でしょ?(笑) 思い切り、土着なんだよね。なのに、世界の人と名を連ねて、無理矢理がんばってる感じだったんだよ。

大阪万博とは「怪獣」だった!
万博会場の「お祭り広場」に、「太陽の塔」が建ってたの。それが、ビルをこわしてつきぬける感じだったんだ。オレたちはもう、「怪獣だ!」「エレキング(ウルトラセブンに出てくる怪獣)だ!」って大騒ぎしてたんだよね。進歩を象徴するパビリオンから、土着がつきぬけてるの。岡本太郎さんって、もともと縄文土器とかが好きで土着の人だから、みんなが進歩・進歩って浮かれてるのに、万博のなかから反駁してたんだと思う。子どもはみんな「太陽の塔」を「怪獣だ」って言ってたけど、太郎さんが意図してたところを子どもだけが汲み取ってたんだと思うよ。

大阪万博とは「洋式トイレ」だった!
万博で、初めて「洋式トイレ」ってのを見たんだ。当時、京都は下水道が行き届いてないから、「ポッチャン(汲み取り)」便所が多かった。それしか見たことのない人間が洋式を見せられたもんだから、みんな便座の上にうんこ座りしてたの(笑)。だから、周りにアレが飛び散って、便所はどこもすっごい汚い。その印象が強烈に残っているんだよね。その点、いまはもう「これ、はじめて見た!」って驚くものが何もないでしょ。愛知万博のトイレに筒みたいなものが置かれていて「肛門に差し込みます」あんて書いてあったら、さすがにびびるけどね。

大阪万博は「フリーセックス」だった!
パビリオンとかで、外人を酔うほどいっぱい見たんだよね。その頃オレが知ってたのは、アメリカ人とスウェーデン人だけ。スウェーデンは、「フリーセックス」って聞いてたからよく覚えてて、「道端でもセックスしてるらしい」とか「すげえ国だ」って思ってたの。でも、万博では他にもいろんな国があるって知ってさ。男はどうでもよかったんだけど、いろんな国の女の人がいてもうビックリだった。外国の女はみんな「フリーセックスだ」って思い込んでいたんだよね。みんなすげえミニはいてるし、ちょっと前にツイギーとか来てて、こりゃすげえことになってると思ったよ。

大阪万博は卑猥な(?)「エキスポ」だった!
万博で“エキスポ”って言葉が流行ったけど、いままで聞いたことない単語だったから、それだけで卑猥な感じがしてた。男って「ポ」に弱いんだよ。当時、ストリップ劇場に「エロ・エキスポ」とか書いてあって、「スゴイ!」って思った。“エキスポ”はオレらにとっては“ジャンボ”よりデカイからね。いまはだいぶつぶれてきちゃったけど万博以降、地方に「秘宝館」ができたのは万博思想の現れだよね。エロおやじの発想で「エロの博覧会にしよう」とか考えて建てたられたのに、いまの人が見るとキッチュだったりすっから不思議なもんだけどさ。

大阪万博は「とんまな幻想」だった!
みうらじゅん
「タイムカプセル」は、すごい夢だったんだよね。あれは、「埋めたら一生残るんだ」って妙な幻想を見せてくれたんですよ。で、オレも、自分で描いたマンガを埋めたんだけど、待ちきれずに1年後に掘り起こしたら、鉛筆で描いたから全部消えてたの(笑)。あと、「100年経っても大丈夫」ってのが売り文句のフイルムもあったんだけど、もう全然もたないんだもん。当時の写真、もういまメチャクチャ薄い(笑)。大阪万博はとてつもない幻想を見せてくれたけどさ、それがとてもとんまだったってことが後々に証明された博覧会だったね。

大阪万博は、「ハッタリの未来」だった!
万博でたっぷり「未来」を見せられたあと家に帰ると、トイレはあいかわらずポッチャン式だし、家は土壁でものすごくかっこ悪いんだ。とにかく、現実との差があまりに激しかった。だからこそ、目を見張る万博だったと思うんですよ。そこに行けば未来があった。宇宙食も食ったけど、すごく不味い。でも、その不味さがグッときた(笑)。「不味いのが未来」とか思ってた。でも、よく考えたら、宇宙食を美味くするのが未来じゃない? なんかね、だまされてたんだよね。でも、万博にはそういうハッタリがあるべきなんだよ。だって、夢ってハッタリなんだもん。

大阪万博は「ワコールへの妄想」だった!
ワコールもビックリしたね。「ワコール館」には下着の歴史とかが紹介されてたり、下着が展示されてたりして、そりゃ燃えたよ。うちの学校ではえらいウワサになってたもん。「ワコールって国、スゴイぜ」って、みんな言ってました(笑)。たぶん、うちのおかんは、ワコールみたいな銘柄のあるブラジャーをしてなかったんですよ。だから、全然知らなくて、てっきり「ワコール」って国があると思ってた。ちょっとした見世物小屋だよね。下着を見ながら「未来人はこういうことするんだ。わあ〜!」とか言ってたの。

大阪万博は「遷都」だった!
ウチのオヤジは大阪万博で、「東京から大阪に遷都する」って言ってたよ(笑)。学校でも、頭のいい人はそんなこと思ってなかったけど、頭の悪いのはみんなそう思ってたの。それに、オレは万博ってずっとやってるもんなんだと思ってたから、終わるって気づいたときはビックリした。あんなものをつくってつぶすなんて発想は、あの頃の日本にはなかったもん。だって、大阪人なんか「まだ儲かるんやったら、もうちょっといきまひょか」とか「あと10年間やります」とか言いそうじゃん。あの大阪万博を期限内で本当に終わらせたのは、スゴイことですよ。

大阪万博は「とんま文化のルーツ」だった!
田中角栄さんが日本列島改造論を唱えて、竹下さんが配ったふるさと創生1億円で地方に変なパビリオン建てたりしてたでしょ? そのモデルって、大阪万博だったと思うんだよね。地方に行って変なもの集めちゃったり、いまのご当地キャラとか「ゆるキャラ」も、きっと万博が原点なんだよね。そこに行かなきゃ見られない・手に入らない「ヴィンテージ」感。B級のものが好きな人とかも、万博のしわざだよね。だって、それまでの日本って、堂々としててカッコよかったもん。それをなんとか外国に追いつかなきゃいけないって焦ったときに、「とんま文化」が生まれたと思うんだ。

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